作成日:2026年2月15日|更新日:2026年8月2日
コスト&事業性
日本の洋上風力「促進区域」を同一の前提で試算すると、12エリアのLCOE(均等化発電原価=発電1kWhあたりの平準化コスト)は、政府資料が用いる実質WACC3%の基準で約23.1〜52.1円/kWh、撤退リスクを織り込んだ4%では約25.0〜57.1円/kWhに広がります。IRR(内部収益率=投資の利回り)は約6.4%からマイナスまでです。同じ制度・同じ想定売電単価で並べても、これだけの差が開くのは、価格や制度ではなく立地と構造の条件がコストを規定しているからです。結論を先に言えば、風況がよく系統も港も近い秋田・山形勢が相対的に優位で、系統接続が遠い北海道エリアが構造的な制約に直面します。本記事は、この差がどこから来るのかをIRR×LCOEの2軸で読み解くPillarです。
→
Execution Reality
→
Bankability Test
全12区域を同一前提(売電30円/kWh・30年)で回しても、LCOEは実質WACC3%で23.1〜52.1円、4%で25.0〜57.1円、IRRは6.4%〜マイナスに分かれます。風況・水深・系統距離・港湾距離が、CAPEX(初期投資)とOPEX(運転維持費)の両方を通じて事業性の位置を決めています。
八峰能代・遊佐・男鹿潟上秋田はLCOE25円台前半・IRR6.2〜6.4%の「相対的に強い」ゾーン(実質WACC4%基準)。一方、檜山(34.4円/2.6%)や村上胎内(33.4円/2.7%)は、系統接続の遠さや水深が効いて制約側に位置します。
LCOEは発電コストの効率を示しますが、資金の回収スピードや投資としての成立性は直接映しません。同じLCOEでもIRRが確保できない案件は現実に存在します。だからこそ2軸で見ます。
風況は後から改善できません。系統や港湾までの距離も動かせません。これらは事業者の努力や設計最適化の前に、IRRの取りうる範囲を先に規定します。
この分析の前提と読み方(先に押さえるべき注意点)
本記事の数値は、個別案件の確定的な収益性ではなく、共通前提のもとでの相対的な位置づけを示す示唆的な試算です。順位付けや優劣の断定は行いません。数値はすべてDeepWindの事業性シミュレーター(LCOE/IRRモデル)で、公開情報ベースの立地パラメータを入力して算定しています。
全案件に共通の前提
- 運転年数:30年
- LCOEの割引に用いる実質WACC(資本コスト):政策基準3%とリスク調整4%の2本立て(実質ベース=一定の2026年円建て)
- 想定売電単価:30円/kWh(全案件同一)
- 為替前提:USD/JPY 160
- 系統接続距離:直線距離を1.45倍して送電ルートの迂回を反映(後述)
- IRRはアンレバレッジのプロジェクトIRR(借入を考慮しない、事業そのものの利回り)。資本構成に依存しないため割引率とは独立です
割引率を2つ置いているのは、問いが2つあるからです。3%は政府資料が用いる水準で、「社会にとっていくらか」という政策のコスト指標にあたります。4%は、事業からの撤退が現に起きている状況を踏まえてDeepWindが置いた、リスクを織り込んだ資本コストです。前者だけを見ると政策側の暗黙のリスク観をそのまま引き受けることになり、後者だけを見ると「割引率を高く取ったから高い」という話に見えてしまいます。両方を並べ、その差を読むのがこの表の使い方です。本文の図と解説は、DeepWindの視点であるリスク調整4%を軸にしています。
価格や制度の違いをあえて取り除き、全案件を同じ売電単価・同じ割引率で並べることで、立地・構造の差だけがどう効くかを浮かび上がらせています。実際の入札価格や個別のファイナンス条件(借入割合・金利・返済年数)を織り込むと、各案件の絶対値は変わります。
ここでのIRRは借入を考慮しない事業IRRです。実際のプロジェクトファイナンスでは、DSCR(元利返済カバー率)を一定水準以上に保てるかどうかが資金調達の可否を左右します(DeepWindの目安はStrong 1.35倍以上/Borderline 1.20〜1.35倍/Difficult 1.20倍未満)。事業IRRが低い区域は、借入を乗せたときのDSCR余裕も小さくなりやすく、融資条件はより厳しくなります。本記事のIRRは、その手前の「立地が決める素の利回り」を見るための指標です。
案件ごとに異なる入力パラメータ
各案件には、風況(Gross Capacity Factor)、水深、離岸距離、系統連系点までの距離、基地港・O&M港までの距離を個別に設定しています。これらがCAPEX・OPEXの双方に効き、結果としてLCOEとIRRの位置を決めます。次の表は12区域を事業性の高い順(政策基準3%のLCOEが低い順)に並べたものです。各区域の詳細は個別記事で管理し、本Pillarでは結果の構造的な解釈に集中します。
系統接続距離は、沿岸部から連系先の変電所までの直線距離をもとに、送電ルートの迂回を考慮して1.45倍した値を用いています。青森県つがる市沖では、直線でおよそ38kmの区間に対し、実際に建設される陸上送電線はつがる市沿岸部から青森市までの約55kmと報じられており(ATV青森テレビ、2026年8月1日)、この比率を全区域に当てはめました。送電線は山地を避け、既設の送電ルートに沿わせるかたちで敷かれるため、直線距離は実際の敷設長を必ず下回ります。迂回の度合いは本来なら地形ごとに違うはずですが、連系先の変電所が公表されていない区域が多く、区域ごとの裏づけが取れないため、一律の係数としています。
| 海域 | ラウンド | LCOE 政策基準3% (円/kWh) |
LCOE リスク調整4% (円/kWh) |
事業IRR (%) |
個別記事 |
|---|---|---|---|---|---|
| 秋田県八峰町・能代市沖 | Round 2 | 23.1 | 25.0 | 6.4 | 記事へ |
| 山形県遊佐町沖 | Round 3 | 23.3 | 25.3 | 6.2 | 記事へ |
| 秋田県男鹿市・潟上市・秋田市沖 | Round 2 | 23.7 | 25.6 | 6.2 | 記事へ |
| 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖 | Round 1 | 24.6 | 26.6 | 5.5 | 記事へ |
| 千葉県銚子市沖 | Round 1 | 25.5 | 27.7 | 5.0 | 記事へ |
| 秋田県由利本荘市沖 | Round 1 | 26.0 | 28.2 | 4.7 | 記事へ |
| 青森県つがる市沖 | Round 3 | 26.7 | 29.1 | 4.3 | 記事へ |
| 長崎県西海市江島沖 | Round 2 | 26.9 | 29.3 | 4.3 | 記事へ |
| 北海道松前沖 | Round 4想定 | 29.9 | 32.8 | 3.0 | 記事へ |
| 新潟県村上市・胎内市沖 | Round 2 | 30.7 | 33.4 | 2.7 | 記事へ |
| 北海道檜山沖 | Round 4想定 | 31.3 | 34.4 | 2.6 | 記事へ |
| 長崎県五島市沖(浮体式) | 促進区域 | 52.1 | 57.1 | -2.7 | 記事へ |
IRR × LCOEで見る促進区域の相対的な位置

図1:促進区域の相対事業性(IRR × LCOE)/リスク調整ケース(実質WACC4%)
横軸がIRR、縦軸がLCOE。右下(高IRR・低LCOE)ほど相対的に強い。破線は想定売電単価30円と実質WACC4%のハードルで、交点の右下に入る案件だけがこの前提で資本コストを上回ります。色はラウンド。五島(浮体式、57.1円/−2.7%)は図の範囲外のため矢印で注記。この図は実質WACC4%のリスク調整ケースです。
Source: DeepWind Viability Simulator, 2026-08。前提:30年・実質WACC4%(リスク調整ケース)・売電30円/kWh・USD/JPY160・系統距離は直線×1.45
なぜLCOEとIRRの2軸で見るのか
LCOEは発電コストの効率を示す有効な指標ですが、次の要素を直接は映しません。すなわち、初期投資をどれだけの期間で回収できるか、収入と支出のタイミングのずれ、そして投資としての最終的な成立性です。IRRはこれらを含めた「投資としての利回り」を示します。日本市場では、LCOEが競争力を持っていてもIRRが確保できない案件が実際に存在してきました。だからこそ本Pillarでは、LCOE単独ではなくIRRとの関係で読みます。散布図では、右下に寄る案件ほど「低コストかつ高利回り」で相対的に強く、左上に寄るほど制約が大きい、と読みます。
図中の破線には明確な意味があります。この前提(売電30円・実質WACC4%)では、LCOEが30円を下回ることと、IRRが4%を上回ることは同じ境界です。想定価格で資本コストをちょうど賄えるラインにあたります。この境界の内側(右下)に入るのは12区域中8区域です。秋田・山形・千葉の着床式勢に、青森つがると長崎西海江島が続きます。境界の外にとどまるのは、系統距離の遠い北海道松前(32.8円/3.0%)、水深と距離が効く新潟村上胎内(33.4円/2.7%)、2つの海域を含み系統距離が伸びる北海道檜山(34.4円/2.6%)、そして浮体式の五島の4区域です。松前とつがるは境界のすぐ両側に分かれており、風況が良くても系統や水深の条件がわずかな差を分けることがわかります。
相対的に強い「秋田・山形」勢の共通点
IRRが高くLCOEが低い右下のゾーンには、秋田県八峰・能代沖(25.0円/6.4%)、山形県遊佐沖(25.3円/6.2%)、秋田県男鹿・潟上・秋田沖(25.6円/6.2%)が並びます(実質WACC4%基準)。共通するのは次の3点です。
- 良好な風況(高い設備利用率):安定した発電量が見込め、売電単価を一定とした場合でも収益の下支えになります。風況は後から改善できない前提条件であり、IRRの上限を事前に決める重要な要素です。
- 比較的浅い水深と成立しやすい施工条件:着床式(海底に基礎を固定する方式)を前提とした合理的な基礎設計ができ、基礎・施工コストの増大を抑えられます。
- 系統・O&M港への近さ:遊佐は系統連系点まで約7km、八峰能代は約8kmと近く、送電設備の初期費用と長期の運転維持費の両方を抑えます。
制約側に位置する「北海道・新潟」エリア
LCOEが高止まりし、IRRが低位にとどまる左上のゾーンには、北海道檜山沖(34.4円/2.6%)、新潟県村上・胎内沖(33.4円/2.7%)、そして北海道松前沖(32.8円/3.0%)が位置します。いずれも本州の浅場勢を大きく上回るLCOEを抱えており、この前提では想定売電単価の30円を賄えません。
これらのLCOEが本州の浅場勢より高くなる最大の要因は、系統連系点までの距離です。松前は迂回を考慮して約116kmと際立って遠く、陸上送電線の敷設距離が伸びるぶんCAPEXが構造的に大きくなります。檜山は促進区域のなかで唯一、離れた2つの海域を含み、系統距離は片方が約73km・もう片方が約132kmと幅があります(本試算は2海域を平均し、系統約102km・水深約47mとして扱っています)。風況自体は檜山(設備利用率約49.8%)・松前(約48.2%)とも良好ですが、その強みを送電・施工のコスト増が食い、LCOEはいずれも30円台に乗ります。立地が良くても系統までの距離という一点が事業性の上限を先に規定してしまう構造が、この3区域に共通して表れています。
これらは、事業者の努力や設計最適化だけで解消できる問題ではありません。立地条件そのものが、IRRの取りうる範囲を事前に決めているのです。
ラウンドが進むと条件は厳しくなる
ラウンド別に見ると、開発フェーズの変化も読み取れます。Round 1〜2は比較的条件のよい案件が多く、LCOEはおおむね24〜26円/kWh、IRRは6〜7%前後に集中します(八峰能代・男鹿潟上・能代三種男鹿など)。Round 3では遊佐のように高い事業性を保つ案件がある一方、つがる沖(27.3円/5.1%)のように離岸・系統距離が効いて中位に下がる案件も出てきます。Round 4想定の北海道勢(松前・檜山)は、地理的により厳しい海域への移行を示しています。市場全体としては、条件のよい「取りやすい果実」から、制約の大きい海域へと軸足が移りつつあります。
五島(浮体式)はなぜ外れ値なのか
五島市沖はLCOE57.1円/kWh・IRRマイナス2.7%と、他の11区域から大きく外れます(実質WACC4%基準。政策基準3%では52.1円)。理由は入札価格ではなく技術方式です。五島は唯一の浮体式(スパー型)で、浮体・係留を含む構造コストが着床式より大きく、同じ売電単価30円のもとでは採算が成立しません。浮体式は日本の深い海域を開くうえで不可欠ですが、コスト水準は着床式とは別の土俵にあります。したがって五島は、着床式11区域と横並びで優劣を論じる対象ではなく、浮体式のコスト低減という別テーマとして捉えるのが適切です。浮体式のコスト構造は関連記事で詳しく扱っています。
促進区域の事業性は、価格でも制度でもなく、立地が先に決めている。
全案件を同じ売電単価・同じ割引率で並べても、LCOEは24円台から54円まで、IRRは7%台からマイナスまで開きます。この事実が示すのは、日本の洋上風力の事業性を左右する主因が、価格交渉やファイナンスの巧拙よりも前に、風況・水深・系統距離・港湾距離という動かせない立地条件にあるということです。特に系統連系点までの距離は、良好な風況の強みを打ち消すほど強く効きます。
この構造は、政策と実行の両面に含意を持ちます。政策側は、送電網の整備や系統接続費用の負担設計が、区域間の事業性格差を直接左右することを意味します。事業側は、風況の良さだけで案件を評価すると、系統・港湾のコスト増を見落とすリスクがあることを意味します。今後の促進区域拡大では、風況ポテンシャルだけでなく、系統・港湾を含めたコスト構造をいかに現実的に設計できるかが、制約側の区域のLCOEを引き下げ、持続的なIRRを確保するための鍵になります。すでに秋田・山形の浅場勢はLCOE24円台に達しており、課題は残る深場・系統遠隔の区域をどこまで引き下げられるかに移りつつあります。本記事の数値は標準化した前提での相対比較であり、実行遅延・資材価格・金融条件の変動を織り込んだ感応度は別途扱いますが、立地が事業性の骨格を決めるという構造は、前提を動かしても変わりません。
よくある質問
関連するDeepWindの記事
- 浮体式洋上風力のコスト構造とLCOEの実態
- 遊佐沖のゼロプレミアム入札と事業性:同一サイトで見るFIP対LTDA
- 浮体式洋上風力の完全ガイド:市場・コスト・制度・事業性を構造で読み解く
- 日本の洋上風力技術ロードマップ 2026
DeepWind Weekly は、見出しのニュースの先にある日本の洋上風力市場を追い、実行リスク・コスト構造・事業性・サプライチェーンの制約・政策の含意に焦点を当てます。
日本の浮体式洋上風力は、なぜまだバンカブルでないのか?
同期する供給網ボトルネックをノード別に定量化し、全感度分析とバンカビリティ・ラダーで「何が満たされれば拡大に進めるか」を整理。全数値を自分の前提で再現できる Simulator Professional (β) アクセス同梱。
分析を見る →
