作成日:2026年7月9日|更新日:2026年7月15日
事業性・コスト
英BPが、山形県沖の遊佐洋上風力(450MW)から撤退する検討に入ったと報じられています。遊佐は、2024年12月に選定された第3ラウンドの2区域のひとつです。事業は丸紅が主導する連合が継続する見通しで、BPは「決まったものはない」としており、撤退は「報道ベース・未確定」として扱うべきものです。ただし、見出しの奥にはより長く残る論点があります。遊佐はゼロプレミアム入札で落札されました ― これは第3ラウンドの全勝者に共通する構造で、どの参加者が残り、どこが抜けるかにかかわらず、この構造こそがこうした案件の融資を難しくします。問うべきは「なぜBPが抜けるのか」ではなく、「ゼロプレミアム落札はそもそも融資が付く前提だったのか、そして何がそれを変えうるのか」です。
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Execution Reality
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Bankability Test
第3ラウンドは全7陣営が3円/kWhの下限で入札したため、勝者は価格ではなく事業実現性で選ばれました。ゼロプレミアム案件は、補助がほぼ乗らない市場価格やPPA(電力の相対購入契約)価格で収益を得るため、発電事業者が約30年間の価格リスクをほぼ全て負います。
三菱商事は2025年8月に第1ラウンドの3海域から撤退し、いまBPが遊佐から一歩後退したと報じられています。日本の商社と石油メジャーという立場の違う両者ですが、問われている採算の構造は同じで、CAPEXの高止まりがそれをより厳しくします。
DeepWind Simulatorの試算(例示)では、遊佐サイトの最小DSCRはFIP前提で約1.61、20年のLTDA容量収入で約1.81と、数字自体は大きく変わりません。違うのは中身です。FIPの1.61は「売電30円/kWhが実現すれば」という前提つきですが、LTDAの1.81は価格に依存しません。LTDAが変えるのはDSCRの高さではなく、前提が契約に変わることです。
遊佐とは何か ― 450MWのゼロプレミアム落札案件
山形県遊佐町沖の遊佐区域は、2024年12月に発表された日本の第3回洋上風力公募(第3ラウンド)で落札された2区域のひとつです。落札したのは丸紅が主導し、関西電力・東京ガス・地元企業が参加する連合で、15MW×30基(シーメンスガメサ製)、合計450MWを計画し、2030年6月の営業運転開始を目指しています。プロジェクトの全体像・スケジュール・CAPEX/OPEXの前提は、山形県遊佐町沖プロジェクトの概要記事で詳しく整理しています。
| プロジェクト / 区域 | 遊佐洋上風力(山形県) |
|---|---|
| 規模 | 450MW(15MW×30基) |
| 公募 | 第3ラウンド・2024年12月選定 |
| 収益の基盤 | FIP・ゼロプレミアム入札(3円/kWh下限) |
| 運開目標 | 2030年6月 |
| 状況 | BP撤退を報道(日経・2026年7月)/連合は継続の見通し |
| 主要な商業的論点 | ゼロプレミアム構造下のマーチャント/PPA価格リスク |
最も重要なのは価格です。第3ラウンドでは7件すべての入札が3円/kWhの下限(許容される最低水準)で並んだため、価格で差がつかず、どれだけ確実に事業をやり切れるかという価格以外の項目で選定が決まりました。つまり遊佐は、1社が背伸びして付けた強気の数字で勝ち取った案件ではありません。ゼロプレミアムは、全員にとっての参加条件でした。
ゼロプレミアムは「価格の勝利」ではなく「融資の課題」
日本のFIP(フィードインプレミアム)制度では、案件の収益は「市場価格+プレミアム」で、プレミアムは固定の基準価格と市場の参照価格の差にあたります。ゼロプレミアム入札は基準価格を参照価格とほぼ同じ水準に置くため、プレミアムはほぼゼロになります。実際には、案件は補助がほとんど乗らない市場価格や相対PPA価格で収益を得ることになり、発電事業者が資産の生涯にわたって価格リスクをほぼ全て負います。この収益の仕組みは、FIT・FIPが洋上風力の収益をどう支えるかの記事で詳しく解説しています。
このリスク配分こそ、レンダー(融資する金融機関)が最も精査する点です。プロジェクトファイナンスは、下振れ時に確実に見込めるキャッシュフロー(P90発電量)に対して融資額を決め、それをDSCR(債務返済カバー率)で検証します。収益が固定の20年オフテイクではなくマーチャントやPPA価格に依存すると、下振れ時のシナリオが広がり、DSCRが下がり、融資可能な借入額が縮みます。そこに鋼材や設備の高止まりが重なると、ゼロプレミアム構造はCAPEX(初期投資)の上振れ・為替・工程の遅れに対する余裕をほとんど残しません。
DeepWind Simulatorで遊佐サイト(450MW・実質2026年円)を試算すると、売電価格を30円/kWhと置いたFIP/マーチャント収益では、最小DSCRが約1.61、単純回収が13年目付近になります。数字だけ見れば、融資可能とされる1.35倍を上回ります。これはDeepWindの前提に基づくモデル出力であり、プロジェクト自身の数値ではなく、あくまで参考値です。
ただし、この1.61という数字は30円/kWhが30年間実現するという前提の上に乗っています。そしてゼロプレミアム入札とは、まさにその価格が契約されていないという意味です。契約されているのは価格ではなく、価格リスクを負う立場のほうです。
だからこそ、個別企業よりも日本全体のパターンが重要です。三菱商事は2025年8月に第1ラウンドの3海域から撤退し、いまBPが遊佐から一歩後退したと報じられています。一方は日本の商社、もう一方は世界的に洋上風力を縮小してきた石油メジャーで、動機はまったく異なりうるものです。それでも両案件は、同じ採算の壁の手前で足踏みしています。そこにこそ構造的なシグナルがあります。
試験を変えるもの ― 20年のLTDA容量収入
融資可能性のギャップは固定ではありません。それを最も直接的に変えるのはオフテイク構造で、日本はいままさにその点を意見募集にかけています。政府は、第2・第3ラウンドのゼロプレミアム案件に限り、長期脱炭素電源オークション(LTDA)への参加を認める案を示しています。LTDAは、kWhあたりの電力量収入ではなく、20年間の固定的な容量収入(円/kW/年)を支払う仕組みです。問題がマーチャント価格リスクにある案件にとって、長期の容量収入はこの問題にほぼそのまま効きます ― 収益の変動する部分を契約で固定された収入に置き換えるもので、レンダーが最も慎重に見る下振れリスクを、まさにそこで小さくします。
同じ例示の試算がその効果を示します。サイト・タービン・CAPEXを一定に保ち、オフテイクだけを20年のLTDA型容量収入(10万円/kW/年と想定)に変えると、最小DSCRは約1.81、単純回収は12年目付近になります。
ここで注意したいのは、DSCRの数字自体はあまり動かないことです。1.61から1.81へ、0.2ほど上がるだけです。遊佐のように風況の良いサイトでは、LTDAは見かけの融資指標を劇的に改善するわけではありません。
変わるのは数字の中身です。FIPの1.61は「30円/kWhが実現すれば」という前提つきの1.61です。LTDAの1.81は、価格がいくらであっても成り立つ1.81です。LTDAは容量収入をkW建てで固定し、市場収入の約90%を還付させる仕組みなので、収益が電力価格からほぼ切り離されます。LTDAがやっているのは、DSCRを押し上げることではなく、前提を契約に置き換えることです。レンダーが見ているのも、まさにその違いです。
この構造には裏返しがあります。容量収入がkW建ての固定である以上、発電量が増えても収入はほとんど増えません。実際、パワーカーブの前提を見直して遊佐の設備利用率を39.6%から45.15%へ引き上げても、LTDAケースの最小DSCRは1.80から1.81へしか動きませんでした。同じ見直しでFIPケースは1.33から1.61へ動いています。つまり風況が良いサイトほど、LTDAの相対的な妙味は小さくなります。LTDAは保険であり、資源の質が高いほど保険料は割高に感じられる、という構図です。

図1: 遊佐の累積キャッシュフロー ― FIP vs LTDA
同じサイト・同じCAPEXで、違うのはオフテイク構造だけです。回収時期の差は約1年(約12年目 vs 約13年目)、最小DSCRの差も約1.61と約1.81にとどまります。LTDAの意味は差の大きさではなく、FIP側の数字が「売電30円/kWhの実現」という前提に依存しているのに対し、LTDA側は価格に依存しない点にあります。
出典: DeepWind Viability Simulator(例示・実質2026年円・設備利用率はIEA 15MW参照タービンのパワーカーブ由来)。プロジェクト固有の予測ではありません。
その「上限価格の数字」が、2026年7月14日の国の審議会で示されました。報道によれば、第4回(応札2027年1月)の洋上風力の上限価格は9エリアごとに34万5,220円〜70万1,172円/kW/年で、第3回比で3.5倍とされています(日本経済新聞・電気新聞、いずれも2026年7月14日)。DeepWindが本稿で置いた想定(10万円/kW/年)の3倍から7倍にあたる水準です。上限価格が低すぎて使えない、という懸念は現実になりませんでした。
ただし上限は「入札できる最大値」であって、支払われる金額ではありません。実際の落札価格は競争で決まります。また、ゼロプレミアム案件に参加を認める制度そのものは、本稿の時点でなお意見募集中の「案」です。上限価格についても審議会の配布資料は確認できておらず、記載は報道にもとづくものです。
BPの撤退報道をどう読むか
ここまでの話は、BPの個別の判断を説明するものではなく、そのつもりもありません。BPは理由を明らかにしておらず、報道は未確定で、世界全体のポートフォリオを見直す大手が動く背景には、特定のサイトとは無関係の事情もありえます。有益な読み方はもっと狭く、そしてより長く残るものです ― ゼロプレミアムで組まれた案件は、落札されたその日から融資可能性の問いを抱えており、その問いはBPが残るか抜けるかには依存しません。これは企業への評価ではなく、構造を見るためのきっかけとして受け取るべきものです ― まして、どの入札がなされるべきだった/べきでなかったという判断ではありません。
オークションに勝つことと、融資可能性の審査を通ることは、別の試験です ― そして日本のゼロプレミアム・ラウンドが決着させたのは、最初の試験だけでした。
第2・第3ラウンドは全員が下限で入札したため、これらのオークションは「実行力」を選んだのであって、「融資可能性」を選んだわけではありません。融資可能性は、後から付いてくるものと前提されていました。BPの遊佐からの一歩後退(報道ベース)は、その前提がいかに重い仮定かを思い出させます ― オークションを勝ちやすくしたのと同じ構造が、案件の融資を難しくしているのです。
次に重要なのはBPの見出しではなく、その背後にある制度の中身です。政府は2026年7月14日、第4回LTDAの洋上風力上限価格を第3回の3.5倍に引き上げる方針を示したと報じられています。上限が低すぎて使えない、という懸念はこれで薄れました。ただし上限は入札できる幅を広げるだけで、落札価格を決めるものではありません。
そして遊佐のように風況の良いサイトでは、LTDAは融資指標を劇的に押し上げるわけではありません(本稿の試算で1.61→1.81)。それでもLTDAが効くのは、数字の高さではなく、その数字が何に依存しているかを変えるからです。ゼロプレミアム案件の弱点は、DSCRが低いことではなく、DSCRが「実現するかどうか分からない価格」の上に立っていることでした。LTDAはそこを契約に置き換えます。日本の落札済みパイプラインが建設まで到達できるかを左右するのは、上限価格の高さそのものよりも、この置き換えが現実的な条件で成立するかどうかです。
よくある質問
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