1. 本記事の位置づけとアップデートの背景
日本の洋上風力市場では、促進区域制度の進展とともに、事業性評価の軸が徐々に変化してきました。
初期段階では「LCOEをどこまで下げられるか」が議論の中心でしたが、現在はIRRを含めた総合的な事業成立性がより重視される局面に入っています。
また、
- 為替水準の変化
- 調達コストの上振れ
- 制度・金融条件の修正
といった外部環境の変化により、過去のコスト前提をそのまま延長することが難しくなっているのが実情です。
本Pillar記事では、DeepWindの最新コストモデルを用い、
促進区域プロジェクトを IRR × LCOEの2軸で相対比較することで、「どの案件が相対的に成立しやすく、どこに構造的な制約があるのか」を整理します。
促進区域プロジェクト全国マップ
マップ中のマーカーをクリックすることで、プロジェクトの概要を確認できます。
2. 本分析の前提条件と見方(必ず読むべき注意点)
本記事で示す数値・ポジションは、個別案件の確定的な収益性を示すものではありません。あくまで、以下の前提に基づくインディケーティブ(示唆的)な比較です。
- 全案件に同一の売電単価(オフテイク価格)を仮定
- 技術方式・立地条件は公開情報ベースで整理
- IRR・LCOEは相対的位置づけを目的とする
そのため、本Pillarでは「順位付け」や「優劣の断定」は行いません。
共通の分析前提(全案件共通)
本比較では、以下の条件を全案件で共通としています。
- 運転年数:30年
- 資本コスト(WACC):3.0%
- 想定売電単価:30 JPY/kWh
- 為替前提:USD/JPY 155
これにより、制度・価格条件の違いを排除し、立地・構造条件の差がどのように効くかを明確にしています。
案件ごとに異なる入力パラメータ
一方で、各案件には以下の固有パラメータを設定しています。
- Gross Capacity Factor(風況)
- 水深
- 離岸距離
- 基地港からの距離
- 系統連系点までの距離
- O&M港湾距離
これらは、CAPEX・OPEXの双方に影響し、結果としてLCOEとIRRの位置を規定する主要因となります。
👉 各案件の個別パラメータ(水深・港湾距離・系統条件等)は、以下の表の案件概要ページ側で管理し、本Pillarでは結果の構造的解釈に集中します。
▶ 促進区域プロジェクト一覧(個別記事リンク付き)
| 海域 | 容量 (MW) | 基数 | 技術方式 | 詳細 |
|---|---|---|---|---|
| 長崎県五島市沖 (浮体式) | 16.8MW | 8基 | 浮体式 | 記事へ |
| 秋田県能代・三種・男鹿沖 | 495MW | 33基(想定) | 着床式 | 記事へ |
| 秋田県由利本荘沖 | 840MW | 56基(想定) | 着床式 | 記事へ |
| 千葉県銚子沖 | 390MW | 26基(想定) | 着床式 | 記事へ |
| 秋田県八峰町・能代市沖 | 375MW | 25基 | 着床式 | 記事へ |
| 秋田県男鹿市・潟上市・秋田市沖 | 315MW | 21基 | 着床式 | 記事へ |
| 新潟県村上市・胎内市沖 | 690MW | 38基 | 着床式 | 記事へ |
| 長崎県西海市江島沖 | 420MW | 28基 | 着床式 | 記事へ |
| 山形県遊佐沖 | 450MW | 30基 | 着床式 | 記事へ |
| 青森県つがる沖 | 615MW | 41基 | 着床式 | 記事へ |
| 北海道檜山沖 | 約910~1140MW | 76基(想定) | 着床式(想定) | 記事へ |
| 北海道松前沖 | 約315~320MW | 21基(想定) | 着床式(想定) | 記事へ |
3. IRR × LCOEによる促進区域プロジェクトの相対比較

本図は、促進区域プロジェクトを
- 横軸:IRR(内部収益率)
- 縦軸:LCOE(均等化発電原価)
で整理したものです。
なぜ「IRR × LCOE」の2軸で見る必要があるのか
LCOEは発電コストの効率性を示す有効な指標ですが、以下の要素は直接的には反映されません。
- 初期投資回収のタイミング
- 金融条件・リスクプレミアム
- 想定外コストへの耐性
一方、IRRはこれらを含めた投資としての成立性を示します。
日本の洋上風力市場では、LCOEが競争力を持っていても、IRRが確保できない案件が現実に存在してきました。そのため、本PillarではLCOE単独ではなく、IRRとの関係性に注目します。
4. 促進区域プロジェクトの事業性比較から見える構造的傾向
本考察では五島市沖(浮体式)および長崎西海江島沖については、実際の入札価格を前提に算定している特殊案件であり、他案件との横並び比較には適さないため、外れ値として位置づけたうえで解釈しています。
これらを除いた着床式洋上風力案件に着目すると、日本の促進区域プロジェクトは、事業性の観点から明確な二極化傾向を示していることが分かります。
1. 経済性に優れた「トップランナー」案件の共通点
IRRが相対的に高く、LCOEが低い「Strong economics」ゾーンに位置する案件として、秋田県沖および山形県沖の一部案件が挙げられます。
これらの案件に共通する特徴は、単一の要因によるものではなく、以下の条件が同時に成立している点にあります。
- 良好な風況(高い設備利用率)
安定した発電量が見込めることにより、売電単価を一定と仮定した場合でも、収益性の下支えとなっています。風況は後から改善することができない前提条件であり、IRRの上限を事前に規定する重要な要素です。 - 比較的浅い水深と成立しやすい施工条件
着床式を前提とした合理的な基礎設計が可能であり、基礎および施工コストの増大を抑制できていると考えられます。 - O&M港への近接性
O&M港からの距離が短く、長期的な運転維持費(OPEX)を抑えやすい点が、IRRを押し上げる要因として機能しています。
重要なのは、これらの案件が「特別に低コスト」であるというよりも、発電量・施工条件・運用効率のバランスが取れている点にあります。
2. コスト課題が残る案件に共通する制約要因
一方で、LCOEが高止まりし、IRRが低位に留まる「Challenging / Constrained economics」ゾーンには、新潟県沖や北海道エリアの案件が分布しています。
これらの案件では、風況そのものが極端に悪いわけではないにもかかわらず、以下のような地理的・インフラ的制約が事業性を大きく制約しています。
- 系統接続点までの距離の長さ
陸上送電線施設距離の増加により、初期建設費(CAPEX)が構造的に大きくなりやすい傾向があります。 - 港湾アクセスの制約
基地港およびO&M港の双方が遠距離となることで、施工段階・運用段階のいずれにおいてもコストとリスクが積み上がります。 - 風況ポテンシャルとコスト増の不均衡
高い風況を有する案件であっても、距離やインフラ制約によるコスト増を吸収しきれず、結果としてLCOEが30円/kWh台に留まるケースが見受けられます。
これらは、事業者の努力や設計最適化のみで解消できる問題ではなく、立地条件そのものがIRRのレンジを事前に規定していることを示しています。
3. ラウンド進展に伴う案件特性の変化
IRR/LCOE分布をラウンド別に確認すると、日本の洋上風力開発が置かれているフェーズの変化も読み取ることができます。
- ラウンド1〜2
比較的条件の良い案件が多く、IRRは4%前後、LCOEは26〜28円/kWh付近に集中しています。 - ラウンド3〜4
遊佐沖のように、これまでの知見を活かして高い経済性を実現している案件がある一方で、北海道など、より厳しい立地条件に踏み込まざるを得ないフェーズに入っていることが分かります。
これは、単なる個別案件の問題ではなく、日本の洋上風力開発が「条件の良い海域」から「条件の厳しい海域」へと段階的に移行していることを示しています。
4. 外れ値として扱うべき案件について
五島市沖(浮体式)および長崎西海江島沖は、入札価格を前提に算定しているため、他の促進区域案件と同列に比較することは適切ではありません。
これらの案件は制度的・技術的な実証色が強く、一般的な着床式洋上風力のコスト構造や収益性を代表するものではないため、本考察では市場全体の傾向を読み解く際の参考点として位置づけています。
5. 総括:事業性を分ける決定因は何か
本分析から改めて確認できるのは、日本の洋上風力における事業性の決定因が、単なる技術方式や設備単価ではなく、
- 風況(発電量という上限条件)
- 系統および港湾へのアクセス性
- 施工およびO&Mの現実的な成立性
といった立地条件とインフラ条件の組み合わせに強く依存している点です。
今後の日本の洋上風力拡大においては、風況ポテンシャルのみならず、インフラ制約を前提としたコスト構造をいかに現実的に設計できるかが、LCOEを20円台後半に引き下げ、持続的なIRRを確保するための鍵となります。
本記事は標準化前提での相対ポジションを示したものです。
実行遅延や資材価格変動、金融条件の変化を織り込んだ場合の感応度分析は、別途整理しています。
📘 DeepWind Premium Report
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- 🔍市場動向・分析 – 日本の洋上風力市場の最新動向と注目トピックをわかりやすく解説
- 🏛️政策・規制 – 法制度、促進区域、入札制度など、日本の政策枠組みを詳しく解説
- 🌊プロジェクト – 日本国内の洋上風力プロジェクト事例をエリア別に紹介
- 🛠️テクノロジー&イノベーション – 日本で導入が進む最新の洋上風力技術とその開発動向を紹介
- 💡コスト分析 – 洋上風力のLCOEやコスト構造を日本の実情に基づいて詳しく解説





















