作成日:2025年8月12日|更新日:2026年7月31日
FLOATING WIND
2026年7月15日、資源エネルギー庁が都道府県に対して、浮体式洋上風力の実証を行う海域の情報提供を求めました。締切は10月30日です。注目すべきは、その要件です。候補となる区域には水深500m以上の海域が含まれていなければなりません。大半で年平均風速8.5m/s以上、そして海底地質の一部または全部が岩盤であること。さらに、隣接して240MW程度を設置できる50k㎡ほどの区域が数年以内に確保できる見込みであること。この最後の条件が、この事業の性格を変えています。試験のための海域ではなく、実証から始まる商用区域の調達です。
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Bankability Test
深い水深、岩盤、急な勾配、高い波。これらは「その海域が備えているべきもの」として要件に並びます。EEZへの展開と海外への輸出を見据えた事業である以上、条件の楽な海で学べることには限りがある、という判断です。
隣接する240MW程度の区域と、その先の促進区域化。ここまで求められると、選定基準は研究上の価値だけではなくなります。2025年の政策文書も同じことを書いています。都道府県は、将来の商用区域の種を出すよう求められています。
日本はこれまで、実証のたびに海域を個別に調整してきました。欧州が常設の実証サイトで検証を回しているのに対し、これが制約になっていると国自身が認めています。区域の一部を長期的にテストセンターとして使えること、という7番目の要件は、その積年の問題を構造から直そうとするものです。
今回求められているのは「公募」ではなく「情報提供」
まず制度の性格を押さえておきます。これは開発事業者への公募ではありません。都道府県に対する情報提供の依頼です。都道府県が把握している海域の情報を出し、それをもとに国が候補区域を選びます。実証を担う事業者の公募は、そのあとに別途行われます。再エネ海域利用法とガイドラインに基づいて毎年行われている情報提供依頼とは別のものだと、資料にも明記されています。
必須事項は9つあります。海域そのものの条件は次のとおりです。
| 必須事項 | 内容 |
|---|---|
| 水深 | 水深500m以上の区域を含むこと(風車2基程度が置ける面積)。その他の区域は100〜500mが望ましい |
| 風況 | 候補区域の大半が年平均風速8.5m/s以上 |
| 海底地質 | 一部または全部が岩盤 |
| 面積 | 風車5基以上を設置できること |
| 占用期間 | 数年間に留まらない長期的な占用許可がなされること |
| テストセンター | 区域の一部を長期的にテストセンターとして利用できること |
| 拡張余地 | 隣接して240MW程度(50k㎡程度)を数年以内に確保できる見込み |
| 将来の区域指定 | 拡張後の区域に隣接する区域の促進区域化を想定すること |
| 関係者の理解 | 操業上の調整が必要となる者から、事業実施への理解が得られていること |
このほかに「期待事項」が3つあります。有義波高が1.5〜2.0m以上になる時期があること、有義波周期が9秒以上になる時期があること、そして海底に急峻な勾配があること。必須ではありませんが、あったほうがよい条件として挙げられています。並べて読むと、通常であれば開発事業者が避けたがる海域の姿が浮かびます。
都道府県側の負担も要件の一部です。漁業関係者は水産部局、船舶関係は船舶部局、環境影響評価は環境部局が、それぞれ主体的に相手を特定し、調整し、情報の正確性を確認する。調整上の問題が生じたときも主体的に対応する。そして選定された場合には、条例に基づく海域占用の許可を行う。つまり海域を出すというのは提案ではなく、行政としての引き受けです。
すでに走っている2つの実証と比べる
日本にはすでに、GI基金フェーズ2の浮体式実証が2件動いています。秋田県南部沖と、愛知県田原市・豊橋市沖です。公表されている諸元を今回の要件と並べると、水準がどれだけ上がるかがはっきりします。
| 秋田県南部沖(既存) | 愛知県田原市・豊橋市沖(既存) | 今回の要件 | |
|---|---|---|---|
| 水深 | 約400m | 約80〜130m | 500m以上を含むこと |
| 風況 | 7.5〜8.0 m/s | 8.5〜9.0 m/s | 大半が8.5 m/s以上 |
| 海底地質 | ほぼ全域が砂、礫、泥 | 鮮新世〜中期更新世の地層、正断層あり | 一部または全部が岩盤 |
| 海底地形 | 平坦 | 大陸棚 | 急峻な勾配が望ましい |
| 波高 | 1.2〜1.4m程度 | 1.0〜1.2m程度 | 有義波高1.5〜2.0m以上が望ましい |
| 区域面積 | 約30㎢ | 約13.06㎢ | 風車5基以上+隣接50k㎡ |
秋田はすでに水深約400mで、世界的に見ても深い部類です。変わるのは、その下と周りです。平坦な砂地が、傾いた岩盤になります。中程度の風況が、強い風況になります。この違いが最も集中して効いてくるのがアンカーです。2025年の政策文書は、急勾配の地形ではほぼ岩盤になる傾向があり、砂や礫とは別の形式、つまり杭式のアンカーが必要になると書いています。
なぜ、この条件になるのか
要件の形は、日本の資源の地理から出てきます。国の資料は率直です。ポテンシャルの大きい地点では岩地盤の範囲も多く、高い波高や急勾配、大水深も含まれてくる。良い風と難しい地盤のどちらかを選ぶ、という話ではありません。日本の海では、その二つが同じ場所にあります。
事業の目的も、この方向を後押しします。この実証はEEZ(排他的経済水域)への展開を支えるものとして位置づけられています。2025年6月に成立した再エネ海域利用法の改正で、EEZへの設置が制度上可能になりました。さらに、日本と気象・海象の条件が似ていて、2050年には世界最大の市場になるとの試算もあるアジア太平洋地域等への展開も見据えています。2025年の資料は、こうした実証は世界でも事例が見られない、と書いています。
急ぐ理由は数字にも表れています。2040年までに30〜45GWという案件形成の目標に対して、促進区域として公募・採択されたのは10区域、約4.6GW(港湾区域を含めて5.1GW)で、そのほとんどが着床式です。有望区域・準備区域が計25区域控えていますが、目標までの距離は残っています。その距離を詰めるのは浮体式であり、日本の浮体式のポテンシャルの多くは、既存2海域が代表していない水深帯にあります。
8番目の必須事項が示していること
必須事項のなかに、研究とはあまり関係のない項目がひとつ混ざっています。候補区域は、数年以内に240MW程度を設置できる50k㎡ほどの区域と隣接していること。そしてもうひとつ、その拡張後の区域に隣接する区域について、将来の促進区域化を想定すること。
これは今回の依頼文だけから読み取った推測ではありません。2025年の政策文書が、周辺海域での促進区域化を目指すことを含めて実証を実施する、と書いています。さらに、単機の実証に留まらず、将来にわたり実証が可能な海域となるよう制度設計を検討する、とも書かれています。実証は、すでに描かれている拡大の入口として設計されています。
都道府県にとっては、これで計算が変わります。数年間の研究用の海を差し出す、という話ではありません。将来どこを商用区域にするかを提案し、その調整の負担を最初から引き受ける、という話になります。
長期の占用が確保された実証海域は、そこを使うコンセプトにとって資金調達の条件そのものを変えます。技術成熟度(TRL)は、借入額だけでなく資本コストや保険の条件にも影響します。そして選択肢が最も細るのは、水槽試験から洋上の実機へ進む段階です。この段階では、海域と風車メーカーとオフテイカーが同時に揃っていなければなりません。占用が担保された常設の実証海域があれば、後に続くすべてのコンセプトについて、このうちの一つがクリティカルパスから外れます。補助金とは種類の違う支援であり、より長く効くものです。
この事業が直そうとしている制約
2025年の資料でいちばん率直なのは、技術ではなく手続きについて書いた部分です。日本では実証事業ごとに海域を個別に調整している。一方で欧州では、実証サイトで技術検証が迅速に進んでいる。近年はコンクリート浮体やTLP型の検証といったニーズも出てきてプレイヤーが増えるなか、実証機会の増加と迅速化が必要であり、実証サイトの整備が求められる。そう書かれています。
7番目の要件は、この診断からまっすぐ出てきています。候補区域の一部を長期的にテストセンターとして使えるようにすること。毎回の交渉を、常設の設備に変えようという試みです。うまくいくかどうかは、要件の書きぶりよりも、都道府県がどこまで引き受けられるかにかかっています。だからこそ、海域を出すことに付いてくる行政上の義務は、水深や風速と同じくらい重要な条件です。
ただし、これで下の層まで片づくわけではありません。深い海の岩盤に据え付けるには、アンカー、ケーブル、海上施工の方法そのものがまだ開発の途中です。国交省が2026年7月に採択した海上施工の技術開発7件は、まさにこの領域を扱っており、7件のうち6件は2028年度まで走ります。
👉 浮体式洋上風力の海上施工:国交省が採択した技術開発7件と、まだ埋まらない据付ボトルネック
海域の要件と、施工方法の成熟は、別の時計で動いています。候補区域は2026年10月締切の情報提供をもとに選ばれますが、そこで必要になる海上施工の研究の多くは2028年度まで続きます。急な岩盤斜面での杭式アンカー、大水深のダイナミックケーブル、より高い波のなかでの作業可否の判断。具体的な空白はこのあたりです。この事業を評価する事業者は、実証事業者が決まる時期と、方法が使える状態になる時期を、別々の変数として見ておく必要があります。
これから何が起きるか、そしてその先の300MW
情報提供の締切は2026年10月30日です。そのあと国が候補区域を選び、続いて実証事業者の公募が行われます。区域名は情報提供の段階では公表されません。実証候補区域として選定された段階で、面積や位置、自然的条件などとあわせて公表されることになっています。つまり、どこの海域が挙がっているかについて出ている話は、いまのところ推測として扱うのが正確です。
2026年7月28日に再エネ主力電源化小委員会へ報告された資料で、この事業の時間軸と規模が初めて示されました。大水深・過酷海域の実証は2027年から2032年に実施され、縮小模型ではなく実機の風車を用います。海象の似たアジア太平洋地域等への展開を念頭に置くことも明記されています。これと並行して、政府は日本企業が2040年までに海外30GWの案件に関与することを掲げており、英国をはじめとする海外の実証事業への参画を通じて、国内で使える知見を貯める考えです。
ここでの論旨にとって重要なのは、その次の段です。取組の進捗や市況を踏まえたうえで、300MW程度の中規模の実証案件を組成することが検討されています。商用化への橋渡しという位置づけです。これを、候補区域に隣接して240MW程度の拡張余地を求める要件と並べると、段取りの全体が見えてきます。2032年まで走る過酷海域の実証、数百MW級の中規模実証、そして商用区域。今年選ばれる海域は、その一段目にあたります。
北海道の知事は、道として積極的に対応すべきだという考えを示しています。ただしこれは一つの県の意向表明であって、提出ではありません。要件を定めたのと同じ資料が、区域名の扱いも定めています。
これは試験海域の調達ではありません。最初の大水深商用区域の調達を、実証という名前で行っているのだと考えられます。
物理的な条件だけを読むと、要求水準の高い研究事業に見えます。しかし8番目の必須事項を2025年の政策文書と並べて読むと、見え方が変わります。隣接して240MWの拡張余地があること。その先の促進区域化が想定されていること。そして海域は将来にわたって実証に使える状態に保たれること。実証は、すでに輪郭の描かれた拡大の入口として置かれています。
そう考えると、負担が開発事業者ではなく都道府県に向けられている理由も分かります。ここで足りていないのは技術の力ではありません。漁業・航行・環境の調整が済んでいて、技術が自らを証明できるだけの期間の占用が確保でき、証明できたときに隣に広げられる区域がある、そういう「難しい海」です。それを揃えられるのは都道府県だけで、要件はその各部局に責任を負わせています。
残る論点は、狙いの是非ではなく時間軸です。区域は2026年に選ばれ、そこで要るアンカー・ケーブル・海上施工の方法は2028年度まで資金が付いています。日本は場所を先に押さえ、方法を後から仕上げる順序を選びました。場所のほうが希少なのであれば、それは筋の通った順序です。ただしその場合、実証の日程を決めるのは区域が決まった日ではなく、いちばん遅れる方法の完成時期になります。
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