日本の洋上風力政策が大転換:第1ラウンド撤退を踏まえた7つの事業環境整備を徹底解説

Seven Structural Reforms 1

2025年11月、経済産業省・国土交通省は「洋上風力事業を完遂させるための事業環境整備」を公表しました。第1ラウンドで撤退事例が発生したことを受け、政府は今後のラウンド、特に第2・第3ラウンドの事業を確実に進めるための制度パッケージをまとめたものです。

本記事では、政府資料の論点を整理しつつ、DeepWindとして「実務・投資・戦略」の視点から今回の施策が日本の洋上風力にどのような変化をもたらすのかを解説します。

本記事は、日本の洋上風力市場における注目トピックの一つを取り上げています。全体像や他の重要テーマについては、以下のまとめ記事をご覧ください。
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1. なぜ今、制度の総点検が行われているのか — 背景にある“第1ラウンド撤退”

第1ラウンドでは、主要コンソーシアムの撤退が象徴したように、事業採算性の悪化が深刻化しました。風車価格の上昇に加え、洋上工事・陸上工事の双方が当初想定の2倍以上に膨らみ、事業計画の前提が根底から崩れたことが最大の要因です。

政府資料は、この失敗を明確に踏まえています。そして、同様の事態を繰り返さないために、価格調整・設備変更の柔軟性・長期収入の確保・港湾機能の合理化など、事業環境そのものを構造的に見直す方向へ舵を切りました。今回のパッケージは、単なる“制度追加”ではなく、事業者が撤退を判断する前段階でリスクを吸収できるような仕組みづくりを目指したものと言えます。

2. 政府が打ち出した7つの環境整備措置

今回の資料は、大きく7つの制度分野にわたり改善策を提示しています。ここでは、それぞれの施策の背景と狙いを、実務視点で整理します。

① ゼロプレミアム案件に限り、「長期脱炭素電源オークション」への参加を認める

最も注目されたのは、通常FIP期間中は参加できない「長期脱炭素電源オークション」を、ゼロプレミアム落札案件に限って認めるという例外措置です。これにより、落札後でも20年間の容量収入が確定し、キャッシュフローの安定性は大きく向上します。

IRR改善、プロジェクトファイナンスの融資条件向上、収入の平準化などが期待され、政府自身も「第2・第3ラウンドという黎明期に限定した特例的措置」と位置付けています。言い換えれば、これは明確に“救済策”として設計されていると言えます。

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② 価格調整スキームの“公募開始前への遡及”は認めず

事業者側は、インフレによるコスト上昇を公募開始時点まで遡って反映してほしいという要望を出しました。しかし政府は、国民負担の不確実化やスキームの中立性が損なわれることを理由に明確に否定しました。さらに、遡及の恩恵が実質的に長崎・江島沖に限定される点も、制度の公平性の観点から採用できないとされています。

そのため、今後の価格調整は「将来の物価変動のみ反映する」という現行方針が維持されることになりました。

③ 公募占用計画の変更を柔軟に認める姿勢へ — 風車メーカー変更が可能に

設備価格の上昇やサプライヤー撤退など、当初計画では想定し得なかった外部変化に直面した場合、政府は主要設備の変更を柔軟に認める方向を明示しました。
特に風車メーカーの変更を可能にする点は大きな転換です。

変更が認められるのは主に以下のケースです:

  • 想定リスクを大きく上回る市場変動が発生した場合
  • 価格交渉の過程で事業継続自体が難しくなった場合
  • 第三者委員会で妥当と判断された場合

これは、事業撤退を避けるための“安全弁”として機能します。

④ 基地港湾の利用を柔軟化し、浮体式導入へ備える

近年、施工需要増加により基地港湾の負荷が顕著になっています。今回の資料では、複数港湾の一体利用や貸付料の見直し、さらに浮体式導入に向けた港湾機能の強化など、より柔軟な港湾運用の検討が始まることが示されました。

特に浮体式は港湾に巨大な組立・保管スペースを必要とするため、港湾政策は日本の浮体式市場の将来性に直結するポイントです。

⑤ 海域占用許可の更新を「原則認める」へ統一 — 30年で終わらない洋上風力へ

今回最も重要な制度変更が、海域占用許可の更新を「原則認める」と明記した点です。第1〜3ラウンドも含め、一定の要件を満たせば、認定期間終了後も最大10年ごとの更新が可能であり、法令上は回数制限もありません。

これは、洋上風力のライフサイクルを30年固定で捉える従来の枠組みから、柔軟な長期運用モデルへと移行することを意味します。実務的には、設備更新(repowering)や資産寿命戦略にも大きな影響を与えます。

⑥ 再エネ価値が適切に評価される市場へ

非化石価値の扱いを見直し、トラッキング証書の改善やFIT/FIP価値の整理を進めることで、需要家が再エネ価値をより明確に把握しやすい市場環境を整える方針です。これは、RE100企業やグローバルサプライチェーンの再エネ調達戦略に直結します。

⑦ 送電網・港湾・資金支援を組み合わせた総合的な脱炭素電源投資の促進

政府は、洋上風力のみならず、日本全体の脱炭素電源を長期的に確保するため、地域間連系線の増強や港湾機能の強化、資金支援などを含む総合的な支援を進めていくと明言しています。

3. DeepWindが考える「本質的な影響」— この7施策は何を変えるのか

ここからは資料を踏まえたDeepWindの分析です。

今回の施策が最も大きく影響するのは、第2・第3ラウンドの事業完遂確率です。長期収入の安定化、主要設備変更の柔軟化、そして占用更新の原則化が揃うことで、撤退リスクは確実に下がります。特に風車変更が可能になることは、グローバルメーカーの供給不安定性を考慮すれば、非常に実務的な改善策です。

また、財務モデルの前提も大きく変わります。容量支払いによる収入の平準化に加え、10年更新を前提とした長期運転モデルが可能になるため、IRRやLCOEの算定手法にも見直しが生じます。これは、多くの事業者や投資家がまだ十分に認識していない点であり、事業評価におけるインパクトは決して小さくありません。

港湾政策の柔軟化も、浮体式の本格導入に向けた重要な準備段階と言えます。2040年に15GW規模の浮体式導入を掲げる政府方針を踏まえれば、今回の指針はその布石となるものです。

ただし、重要な点として、今回の救済的施策は「第2・第3ラウンドに限定される」と明記されています。つまり、第4ラウンド以降は再び原則ゼロプレミアムを前提とした競争性の高い制度へ戻ることになります。今回のパッケージは、あくまで“過渡期の安全装置”という位置づけです。

4. DeepWindとしての総括

今回示された7つの制度改正は、単なる修正ではなく、日本の洋上風力事業を「撤退リスクから遠ざける」ための大きな方向転換です。とりわけ以下の3点が本質的なインパクトを持ちます。

  • Project longevity:
    30年で終わらない長期運転モデルが可能になったこと
  • Revenue stability:
    ゼロプレミアム案件が容量収入20年という別軸の収入を得られる可能性
  • Flexibility & resilience:
    風車メーカー変更や港湾利用の柔軟化により、事業者の撤退リスクが大幅に低減したこと

これらはすべて、これから日本の洋上風力を産業として成立させるうえで欠かせないピースです。

5. 次に何をウォッチすべきか

今後、特に注視すべきポイントは以下です。

  • 長期脱炭素電源オークションの詳細要件(上限価格・利用率)
  • 第2・第3ラウンド事業者の公募占用計画変更の動き
  • 港湾検討会での浮体式対応方針
  • 新しい非化石価値制度の具体化
  • 第4ラウンドの公募指針(2026年前後)

これらが具体化されて初めて、日本の洋上風力の中長期的な姿が明確になります。

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