日本の海上仮係留のギャップ:浮体式洋上風力の仕様から実装へ

Japans Wet Storage Gap 1

2026年1月14日と3月4日、国土交通省(MLIT)は「洋上風力発電のための港湾インフラのあり方検討会」の第2回・第3回会合を開催しました。これらの会合では、FLOWRAによる欧州ヒアリング報告、FLOWCONによる施工サイクルの試算、そしてMLIT自身による施設規模の検討結果が示され、これまで政策議論の周縁に置かれていた論点が前面に出てきました。組み立てが完了した浮体基礎の一時係留、すなわち「Wet Storage(海上仮係留)」です。

技術的な検討は既に始まっています。MLITは保管水域の規模試算に着手しており、水深30〜50mでのカテナリー係留・ドラッグアンカー方式を含めた検討が進められています。保管シナリオも、港内における1〜2基の短期保管と、港外における10基規模の越冬保管という2つの構成が示されています。FLOWRAも、欧州における事前敷設(Pre-laid)係留でのドラッグアンカー不適合や、英国Cromarty水域で観察された「密度問題」を指摘しています。

一方、十分に可視化されていないのは、技術仕様と実装可能なインフラの間に横たわるギャップです。欧州の実務家は過去5年にわたりこのギャップに向き合ってきました。本稿では、Offshore Solutions Group(OSG)創業者兼CEOのWill Rowley氏との書面でのやり取りで得られた知見を踏まえつつ、このギャップを検証します。同社はスコットランド、ケルティック海、フランス北西部、アイルランド西部で「FLOW-Park」と呼ばれる海上仮係留施設の開発を進めています。

本稿で扱うテーマは、技術・コスト・規制・事業性を横断的に検証する、浮体式洋上風力に関する構造的分析の一部です。全体像については下記のガイドをご覧ください。
👉 日本の浮体式洋上風力|市場・コスト・政策の構造ガイド

1. 日本の規制当局が既に把握していること

まず、日本の政策記録において既に確立されている事項を整理しておきます。日本における海上仮係留に関する議論は不在ではなく、実は、検討会の外からは認識されにくいレベルにまで進展しています。

MLITによる保管水域の規模試算

2026年3月の第3回検討会で示されたMLITの施設規模の検討では、喫水7.0mのセミサブ型鋼製浮体基礎を対象に、3つの保管方式が示されています。

  • 港内・固定アンカー保管:水深10mで1〜2基を短期保管。3点緊張係留方式
  • 港内・着底保管:水深10mで1〜2基を短期保管。荒天時の予備アンカー構成
  • 港外・カテナリー/ドラッグアンカー保管:水深30〜50mで10基規模の越冬保管

港外保管方式について、MLITは1基あたりのアンカー円半径を水深に応じて232〜292mと試算しています。1GWの参照ケースでは、西日本で製造した浮体基礎を曳航し、5〜10月の施工窓口が開くまで待機させる前提のもと、日本海側の冬季保管水域として最大263haの水域が必要との試算結果が示されています。

FLOWRAの欧州調査結果

2026年1月に提出されたFLOWRAの欧州ヒアリング報告では、欧州における海上仮係留の実務から、3つの運用上の現実が指摘されています。

  • 事前敷設(Pre-laid)が必須:設置時間の短縮には事前敷設が不可欠であり、アンカー形式はサクション式またはパイル/ドリル式が求められます。ドラッグアンカーは事前敷設後の保持力が保証できず、不適合とされています。
  • 水域容量は表面積ではなく安全離隔で決まる:英国Cromarty水域は名目上70基分の容量を持ちますが、衝突防止距離を加味すると実質的な係留容量は約40基に制限されます。
  • 組立港・据付港との位置関係が重要:海上仮係留地は、組立港・据付港との間で荒天時の避難港を必要としない距離に位置することが望ましいとされています。

ドラッグアンカーをめぐる論点

ここで一つ、重要な緊張関係を指摘しておく必要があります。MLITが港外越冬保管の前提として置いているのはストックレス(ドラッグ)アンカーですが、このアンカー形式はFLOWRAが既に欧州の文脈で「事前敷設に不適」と警告しているものと一致しています。日本の設計前提が最終的にドラッグアンカー(コストが低く、必要面積が大きく、設置リードタイムが短い)に収束するか、サクション/パイルアンカー(コストが高く、必要面積が小さく、設置リードタイムが長い)に収束するかにより、コスト計算と許認可プロセスの双方が大きく変わることになります。

2. 英国の5年間の経験が加える視点

これまで述べてきた技術仕様は、海上仮係留が紙の上でどのようなものかを記述するものです。一方で、欧州の実務家の経験は、実際にそれを構築するために何が必要かを示しています。両者は補完的な関係にありますが、後者は数式に圧縮することが困難です。

ステークホルダーの関心の「逆ベル型カーブ」

Will Rowley氏によれば、英国における海上仮係留へのステークホルダーの関心は、本人の表現で「逆ベル型カーブ(inverse bell shape)」を描いてきたといいます。当初の関心は高く、デベロッパーの技術リーダーシップ層によりクリティカルパス上の課題として認識され、11社のデベロッパーが参加する共同産業プロジェクト(JIP)が立ち上がりました。その後、デベロッパーがプロジェクト経済性、系統接続、マクロ的課題への対応に注力し、最終投資判断(FID)に向かう過程で関心は低下していきました。プロジェクトチームが施工計画フェーズに入り、海上仮係留が再び拘束条件として浮上したことで、関心は緊急性を伴って戻ってきています。

このパターンが日本にとって示唆的なのは、現在の時期、つまりプロジェクトがまだ詳細な施工計画段階に入っていない局面が、まさに海上仮係留が後回しにされやすい時期と一致している点です。デベロッパーのアジェンダに本格的に戻ってくる頃には、保管施設の開発に要する複数年単位のリードタイムが、後手の対応を実務上困難にします。

サイト選定は見た目以上に困難

OSGは英国国内で200箇所を超える候補地を約3年かけて評価し、ようやく実用可能なごく短いショートリストを得たといいます。同社が評価した他の市場、すなわちフランス、アイルランド、イタリア、オーストラリア、韓国、スペイン、ポルトガル、スウェーデンを通じても、「完璧な」サイトは見つかっていません。多くの海岸線は、商業用錨地、漁業、環境保護区、既存港湾交通との空間的競合を抱えています。

日本にとっての示唆は、「どこに海上仮係留を置けるか」という問いではなく、「数少ない実用可能な地点のうち、どれを、どのようなタイムラインで確保できるか」という問いに置き換える必要があるということです。MLITの施設規模試算は適地が存在することを前提としていますが、欧州の経験は、その存在を確認し確保すること自体が複数年規模の作業であることを示しています。

規制解釈という見えにくい課題

仕様と実装の乖離が最も大きく現れるのは、規制解釈の領域です。海上仮係留は、通常の港湾管轄外の海底に係留設備を事前敷設することを必要とします。英国およびその他の欧州市場において、既存の海事・環境・通商関連法令のいずれも、浮体式洋上風力のロジスティクスを想定して制定されたものではありません。このため、海底所有者および規制当局は、既存の法的枠組みを当該活動に適用するための解釈を新たに行う必要に迫られてきました。

スコットランドのMoray FLOW-Parkは、6〜7年を見込む開発計画の3年目に位置しています。このタイムラインの相当部分が、エンジニアリングではなく、法的解釈、ステークホルダー協議、許認可手続に費やされています。プロジェクト側の見解では、ステークホルダー間の利害調整を進める上で、地方・地域・国の各レベルにおける行政・政治の支援が不可欠であったとされています。

日本の状況も構造的には類似しています。通常の港湾区域外で事前敷設アンカーや一時係留設備を設置する場合、既存の海事・海域利用関連法令の適用を受けることになりますが、いずれも浮体式洋上風力のロジスティクスを前提として制定されたものではありません。DeepWindが把握する限り、この論点について実運用ベースで検証された事例は日本ではまだありません。

早期段階の検討で軽視されがちな関連レイヤーとして、海上保険および船級協会(DNV等)の承認の役割があります。海事関連の規制および保険の枠組みは、船級承認またはガイダンスを参照することが多く、新規の海上仮係留構成について船級承認を取得することは、許認可および商業展開の双方に対する実質的な前提条件となります。欧州の実務経験は、このレイヤーがスコーピング段階で最も一貫して過小評価されてきた領域の一つであることを示唆しています。

3. 協調モデル:英国とフランスはなぜ分岐したか

関連するもう一つの論点は、複数の港湾と保管施設が一つのシステムとして機能するための仕組みです。ここで欧州の経験は、対照的な2つのモデルを示しており、日本の選択も問われることになります。

英国:アームズ・レングス型の協調

英国では、港湾間の協調実績は芳しくありません。各港湾は互いを統合的なロジスティクス・チェーンを構成するノードではなく、競合相手として捉える傾向が強くあります。マルチポート戦略の協調は、契約上または運用上の港湾側コミットメントを伴わないまま、デベロッパーとそのロジスティクス・パートナーに大きく委ねられてきました。その結果、デベロッパーが個別の港湾契約を締結する際、複数港にまたがる高度に統合されたロジスティクス・チェーンの調整に時間を要し、契約の遅延が生じています。

例外はスコットランドです。英国政府、スコットランド政府、Crown Estate Scotlandが複数港を横断的に支援することで、組立、統合、O&Mといった機能の役割分担が明確化され、市場任せでは実現できなかった整理が進みました。

フランス北西部:統合型の協調

フランス北西部では、地域政府が複数の港湾に出資し、地域財源で港湾の整備投資を支援しています。その結果、各港湾は組立、統合、O&M、サポートなど自らの市場ポジションを明確に打ち出し、デベロッパーとT&I/EPCIパートナーがマルチポート対応において単一の窓口で対応できるよう、協調的な戦略を公然と展開しています。このモデルは、競合する港湾当局の調整負担をデベロッパーから取り除く点で、強い支持を集めています。

過去のDeepWindのFLOWRA報告書分析でも取り上げたPort La Nouvelleの事例は、まさにこの枠組みに位置づけられます。Occitanie地域圏が約4億9千万ユーロのインフラ投資を行い、運営は40港以上の運営実績を持つ民間事業者を含む官民合同会社(SEMOP)に委ねるという構成が採られています。

Port Integratorモデルの詳細については、過去記事をご参照ください:「15MW時代」のショック:港湾の大型化と統合運営──FLOWRA報告書を読み解く

4. 日本の現在地とタイムラインの問題

欧州の経験を踏まえると、日本の現在地は次のように整理できます。技術的な概念検討は活発に進んでいるものの、欧州の実務家がボトルネックとして指摘する規制・立地・協調レイヤーは、まだ実質的に手がつけられていない段階にあります。

プロジェクトのタイムライン

FLOWCONの試算では、浮体式プロジェクトの組成はFY2029以降に加速し、その後10年以上にわたり着床式と浮体式の港湾利用が重複する見通しが示されています。MLITの1GW参照ケースでは、太平洋側または日本海側の立地条件に応じて、施工サイクルを2〜3年と想定しています。日本海側のプロジェクトについては特に、11月から4月にかけて洋上設置作業が事実上不可能となる窓口を越えてプロジェクト工程を維持するため、越冬保管能力に依存する形となります。

仮に海上仮係留施設の開発に5〜7年を要する場合(Moray FLOW-Parkの参照タイムラインと整合)、FY2029以降のプロジェクトパイプラインに対して保管能力を間に合わせるためには、2026〜2028年の窓口で実質的な立地評価、規制解釈の作業、ステークホルダー協議に着手する必要があると考えられます。

263haという数字

MLITの日本海側1GW参照ケースの試算では、浮体基礎を西日本で製造し対象海域に曳航する前提のもと、最大263haの冬季保管水域が必要との数値が示されています。これは試算であり、実在の施設ではありません。冬季を通じて10基を保持するに足る静穏性を備え、設置港からの曳航範囲内にあり、かつ漁業・商業航路・環境保護区との競合を抱えない263haの水域を特定する作業は、欧州の経験が示すとおり、軽視されるべきではない複数年規模の取り組みです。

参考までに、これはOSGが英国で200箇所超の候補地を対象に約3年をかけて取り組んだ作業に相当します。

5. ステークホルダーへの示唆

海上仮係留の論点は、ステークホルダーごとに異なる影響を及ぼし、求められる対応も一様ではありません。

デベロッパーへの示唆

特に2030年代前半の運転開始(COD)を目指す日本海側プロジェクトでは、海上仮係留能力がMLITの参照シナリオで想定されているタイムラインで利用可能とは限らない可能性を、計画に織り込んでおく必要があります。プロジェクト組成を遅らせるべきという話ではなく、共有インフラがまだ整備されない場合に、個別プロジェクトとして越冬保管要件をどう管理するか、早期に検討に着手する必要があるということです。

規制当局・政策担当者への示唆

欧州の経験は、規制解釈の作業、すなわち港湾管轄外での事前敷設係留設備に対し既存のどの法令がどのように適用されるかを明確化する作業が、商業的需要が顕在化する前に着手すべき複数年規模の取り組みであることを示しています。最初のプロジェクトが正式に海上仮係留施設のための海域使用許可を申請するのを待つやり方では、間に合わない可能性が高いと考えられます。

港湾当局への示唆

英国とフランス北西部の対比が示唆するのは、現時点で採用される協調モデルが、今後20年間の事業実行のあり方を方向づけるという点です。日本の港湾システムは歴史的に、国レベルでの政策協調は強い一方で、港湾横断の運営統合は限定的です。これがアームズ・レングス型のパターンに収束するか、フランス的な統合モデルに近づくかは、まだ明示的な選択がなされていない領域です。

仕様から実装へ

「日本はまだWet Storageを定義していない」というフレーミングは、もはや正確とは言えません。MLIT、FLOWRA、FLOWCONは集団的に、この論点を未定義の概念から、部分的に仕様化された設計前提へと押し進めてきました。これは意義のある前進です。

より難しい問いは、技術仕様と実装可能インフラの間のギャップを、同じ機関が示しているプロジェクトのタイムラインの中で埋められるかどうかです。欧州の実務家の経験は、計算表に現れない部分、すなわち立地特定、規制解釈、ステークホルダー調整、港湾間の運用統合こそが、最も多くの時間を消費し、タイムラインを最も決定的に左右することを示しています。

2030年代前半のCODを目指す浮体式プロジェクトにとって、これらのレイヤーに対する先回りの取り組みが可能な時間軸は、今後2〜3年です。技術概念は可視化されました。「誰が、どのレイヤーに、いつ取り組むのか」という実装の問いは、まだ開かれたままにあります。

【参考資料】
本稿は、2026年1月14日および3月4日に開催された「洋上風力発電のための港湾インフラのあり方検討会(第2回・第3回)」の提出資料を参照しています。

本稿は、Offshore Solutions Group創業者兼CEOのWill Rowley氏との書面でのやり取りも参考としています。同社はスコットランド、ケルティック海、フランス北西部、アイルランド西部でFLOW-Park海上仮係留施設の開発を進めています。実務家の知見をご共有いただいたことに感謝いたします。なお、本稿の分析と結論はDeepWindに帰属します。

本稿で扱うテーマは、技術・コスト・規制・事業性を横断的に検証する、浮体式洋上風力に関する構造的分析の一部です。全体像については下記のガイドをご覧ください。
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