はじめに
2025年11月から12月にかけて、日本の洋上風力を巡る制度について、公募制度の見直しと事業環境整備策が相次いで示されました。これらは一見すると個別の制度調整のようにも見えますが、全体を通して読むと、政策側の問題意識や優先順位の変化が浮かび上がってきます。
本記事では、公募制度(どのように事業者を選ぶのか)と事業環境整備(選定後の事業をどう支えるのか)を切り分けるのではなく、一体の政策パッケージとして整理し、今回の制度見直しが何を意味するのかを読み解きます。
本記事では個別テーマを取り上げますが、日本の洋上風力政策・制度の全体像を俯瞰したい方は、以下の総まとめ記事もあわせてご覧ください:
👉 日本の洋上風力政策・規制の全体像:制度設計・法律・支援策の徹底解説
1. 制度見直しの背景にある問題意識
これまでの洋上風力公募制度は、制度設計として一定の成果を上げてきました。競争性の高い入札を通じて供給価格は大きく低下し、国民負担の抑制という観点では成果があったと言えます。一方で、足元では以下のような外部環境の変化が重なりました。
・世界的なインフレ
・為替変動(円安)
・金利上昇
・風車や施工コストの急激な上昇
こうした状況の中で、第1ラウンド事業の撤退が発生し、「入札で選ばれること」と「事業が最後まで成立すること」が必ずしも一致しないという課題が顕在化しました。今回の制度見直しは、このギャップに正面から向き合ったものと位置付けられます。
2. 公募制度の見直し:価格競争の位置づけの変化
供給価格に対する考え方
今回の整理では、従来用いられてきた「供給価格下限額」という考え方から、「想定供給価格幅」という表現へと移行しています。これは、厳格な価格規制を導入するというよりも、非現実的なダンピングを抑制し、事業完遂の観点から合理的と考えられる価格水準を示すための考え方と読み取れます。
価格の低さそのものではなく、その価格が実際に事業を完遂できる前提に立っているかどうかが、より強く意識される方向に向かっていると言えるでしょう。
評価の重点は「実施能力」へ
評価手法についても、方向性が整理されています。形式的な点数の積み上げや書類上の完成度よりも、以下のような実質的な事業遂行能力が重視される構造です。
・資金計画の妥当性
・サプライチェーンの確保状況
・施工およびO&M計画の現実性
・リスク認識と対応方針
あわせて、外部専門家や第三者的な知見を活用した審査体制の強化についても明記されています。
迅速性評価の位置づけ
これまでの公募では、早期の運転開始が重要な評価項目とされてきました。一方で、実際には多くの事業者が同様のスケジュールを提示し、評価上の差がつきにくくなっていたことも指摘されています。
今回の見直しでは、迅速性評価の配点を引き下げ、他の評価軸とのバランスを取る整理が行われました。スピードの重要性自体が否定されたわけではありませんが、唯一の競争軸ではないという位置づけがより明確になったと言えます。
3. 事業環境整備:選定後のリスクにどう向き合うか
公募制度の見直しは、主に今後の案件を対象としたものです。一方で、すでに選定されている事業が直面している課題を解決するために整理されたのが、事業環境整備策です。
長期脱炭素電源オークションの活用
第2・第3ラウンドの洋上風力事業については、一定の条件の下で、長期脱炭素電源オークションへの参加を可能とする考え方が示されました。具体的には、ゼロプレミアム化(供給価格を0円/kWhとすること)を前提に、FIP制度との二重回収を回避しつつ、20年間の容量収入を確保することで、収益の安定性を高めることが狙いとされています。
この措置については、例外的かつ暫定的な対応であり、将来の公募に一般化するものではないことも併せて強調されています。
価格調整スキームの限界
事業者から要望の多かった、公募開始時点まで遡ったインフレ影響の反映については、現時点では困難との整理が維持されています。当時の競争結果の前提が変わってしまうことや、公平性・制度の一貫性への影響が大きいことが理由として挙げられています。
支援はあくまで、将来の不確実性への対応に限定するという考え方が示されています。
公募占用計画の変更に対する柔軟な対応
今回の整理の中で、特に踏み込んだ内容の一つが、公募占用計画の変更に対する考え方です。第2・第3ラウンド事業については、事業継続のためにやむを得ない場合には、評価点が下がる変更やスケジュール遅延を伴う場合であっても、個別判断の下で柔軟に対応する余地が示されました。
その一方で、第三者委員会の関与や、公募の公平性・公共性への影響確認といった歯止めも同時に設けられています。
「救済」と「前例」を分けるという整理
今回の一連の措置は、第2・第3ラウンド事業の完遂を目的としたものであり、将来の公募制度全体を緩和するものではありません。既存案件の完遂を優先しつつ、将来の競争ルールそのものは維持するという線引きが、明確に意識されています。
おわりに
今回の制度見直しは、競争を否定するものではありません。むしろ、どのような競争を促すのか、その中身を見直す動きだと捉えることができます。価格の低さだけでなく、実際に建設し、運転し、継続できるかという視点が、これまで以上に重視される段階に入ったと言えるでしょう。
短期的には調整コストを伴う可能性もありますが、中長期的には、日本の洋上風力市場の信頼性を高める方向への一歩として注目される制度変更です。
参考資料
・洋上風力事業を完遂させるための新たな公募制度 2025年12月17日 経済産業省
・洋上⾵⼒事業を完遂させるための事業環境 2025年12月17日 経済産業省
日本の洋上風力を取り巻く制度や法律、支援策の全体像をさらに詳しく知りたい方は、こちらのまとめ記事をご参照ください:
🌊 日本の洋上風力政策・規制の全体像:制度設計・法律・支援策の徹底解説



